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地震・災害

東日本大震災から3か月が過ぎて

震災から3か月が経過しましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
私の方の生活は今はほぼ落ち着きました。
先日は、東京に住む友人の結婚式二次会に、お祝いに行く事も出来ました。

仙台の方は震災後1か月間くらいは物資が入手し辛く、
また4月7日には再び震度6の大きな地震が来て、
精神的にもダメージが来たりで、体調にも影響があったりしました。
また、南三陸町志津川に住んでいた親戚達にも何度か会って来まして、
津波の被害の状況も目の当たりにしてきました。

P2004236ct

例えば、被災後の初期計画を以下の3段階で設定するとします。
1.緊急的な救助救援→ 2.被災者の生活確保→ 3.復興への足掛かり
そうすると、津波被害のあった海岸沿いの町はおそらく今現在1と2の間くらいです。
つまり、まだまだ状況は厳しいままです。

今回の震災は、昨今の日本の災害と比べようもない状況だと思っています。
16年前の阪神大震災は極めて大きな災害でしたが、
東日本大震災はあまりに広範囲の上、
被災地域が過疎地域で高齢者が多かったり、
地元に代々住んでいる人だったりするので、
阪神大震災の時と単純比較が出来ない状況でしょう。

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3月18日~21日 震災後1週間~

3/18
10時。

起きた。洗濯、食器洗いなど家事一般をする。

帰ってくる母を迎えに行く車の中でラジオを聞く。
下水処理施設が津波で壊滅状態で、
下水が町中に溢れ出す恐れがあるため、
水の節約を呼びかけているとの事だった。
やはりライフラインはまだまだ復旧できてはいない。
上水道は復旧したとは言え、水の節約は続けなければならない。

長兄が帰ってきた。通勤用の自転車を買って来た。
兄の車にはガソリンがほとんど入っていないため、
バスか徒歩で行くしかなかったのでかなり不便をしていた。
仙台では同じように自転車に乗る人がかなり増えている。

親戚から電話がかかってくる。
志津川の親戚の安否が、もう一人確認できた。
確認できていないのはあと一人なのだけれど、絶望的のようだ。
一度避難所まで行った後、自分の船が心配だからと、
海まで戻って行ってしまったらしい。そして津波・・・。
どうなったのかはまるで分らない。

地震から1週間が経った。あっという間だった。
自分の状況はかなり好転したものの、津波の被害を受けた地域は、
まだまだ予断を許さない状況が続いている。

ツイッターで色んな人の呟きを地震直後から辿って見てみる。
地震当日は東京もかなり混乱状態だったことが良く分かった。
皆に、今までのお礼を兼ねてリプライをする。

3/19
3時。
皆のツイートを見てリプライを返していたらこんな時間になってしまった。
全員のは見られていないけれど、さすがに眠い。もう寝た方がいいだろう。

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3月17日 ネット復旧

3/17
8時。

起きた。家の中の整理をする。
原発の放水のニュースをしばらく見た後、また眠ってしまった。
かなり疲れが溜まっている。

TVでは関東の物の買い占めや、計画停電、ガソリン渋滞の様子を報道していた。
危機感が高まる。ガソリンを入れようとして渋滞すれば、
当然、物流車両もそれに巻き込まれることになる。
被災地までに物を届けるのが遅くなる。
そもそも、ガソリンを入れられなくなるかもしれない。
そうなると、被災地に来ることすら出来なくなる。
計画停電もしかり。電力不足で一部地域が停電すれば、
そこでは信号が止まり、必ず渋滞が発生する。
渋滞が発生すれば物流が滞る。
結果、東北に物が届くのが遅くなってしまう。
人が買占めに店舗に押しかければ、やはり渋滞の原因になる。
被災地では、特に被害が酷い地域では物資が全く届いていない。
ガソリンが絶対的に不足して輸送が不可能な状況だ。
避難所で暮らしている人に一刻でも早く物資を届けなければ、
命が失われかねない。被災地は猶予なしだ。
被災にあっていない人、被災地にいない人の一人一人が、
どれだけそれを理解できているのだろう。

ネットの状況はどうなっているかな・・・
携帯でネットに接続し、被災地からのお願いを呟いてみる事にした。
携帯でのネットの扱いはあまり慣れてない。パケット使い放題のプランではないのだ。
そろそろPCでネットに接続できないかな・・・?
三度、接続できるかどうかを試してみる事にした。・・・繋がった!
ネット復帰宣言をして、何名かにリプライを返し、
古代祐三さんにはお礼のDMを出した。ようやく直接お礼が言えた。

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3月16日 水道復旧

3/16
5時半ころ?

「水が出る!」寝ている時に声が聞こえてきた。
「よかった、洗濯できる!」 ・・・?!
水が出たとしてもまだ安心はできないはず・・・。
高台の団地だから水を上に汲み上げてタンクに貯め、そこから配水している。
今、水が出たとしてもすぐに出なくなる可能性がある・・・
「水はちゃんと汲んでおいて!ペットボトルとか鍋とかに!」
体は起き上がれない。半分眠った状態で叫ぶ。何度となく。

8時。
ようやく起きれた。水はちゃんと汲まれていたみたいだ。
・・・案の定、水が止まった。

外は雪だ。兄は職場まで出かけて行った。朝食はスープスパゲティ。
台所を片付けようとすると・・・水が大量に使われている。
水が出たからと言って、気を抜きすぎだ。
ゴミをしっかりと分別する。衛生状態は重要。

携帯電話の電波状況はかなり良好だ。
・・・母の携帯電話が鳴る。普通に会話している。
ようやく携帯の電話が通じるようになったのか?
泉区に居る従弟に電話をかけてみる・・・通じた。
お互いの家族の無事を確認。
次に携帯でネットに接続を試みると・・・繋がった。
ツイッターの方で生存表明をする。
宮城県・山形県・福島県のフォロワーの無事も確認する。

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3月15日 電力復旧2日目

3/15

6時半。
起きた。
いまいち眠れてない気がするが、疲れはあまり感じない。でも、背中が筋肉痛。

8時20分。軽く朝食。
職場に行く兄を途中まで車で送り、そのまま我が家へと向かう。母と共に。
庭などに落ちた瓦を集め、整理し、掃除をする。
まだ家の屋根は落ちた状態のままで、なんの処置もできていない。
屋根の応急処置を電話で頼んでみるものの、肝心のシートが手に入らないようだ。
今回の地震で応急処置が必要な家屋が多く、物資の調達もできないからだ。
家に置いてあるシートだけでは足りないだろう。
叔父に電話をして、シートがないか聞いてみる。
お隣さんにもシートがないかを聞いてみると・・・次々と集まってきた。
ありがたい。助けて頂くたびにお礼を言う。
どうやら自分の団地も前日に電力が復旧していたようだ。よかった。

地震で滅茶苦茶になっていた物置の中を片付け、
悪戦苦闘して自転車を2台持ち出し、空気を入れてみた。
1台は後ろタイヤがいまいちな状態で、使えない。
もう1台は特殊なタイヤだったので空気を入れるのに手こずったけれど、
なんとかなりそうだ。・・・雨がパラパラと降ってきた。
ふと、原発の事が気になる。・・・大丈夫だとは思うが、
母を家の中に戻し、なるべく屋内に居させる。

ブルーシートと水を持ってきた叔父の車で自転車を運んでもらう。
一通り家の物を持ち出し、お隣さんにお礼を言った後、祖母宅へと戻る。

電力が復旧し、IHで調理ができるようになったので、
卓上ガスコンロを兄の職場の人に貸すことにした。

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3月14日 電力復旧1日目

3/14

7時半。

「起きろ。給水が始まるぞ」
起こされて目を覚ます・・・が、体が疲れている。だがまだまだだ。
兄は比較的近くの職場へと出かけて行った。
急いで着替え、叔父と一緒に車で小学校の給水所に向かう。
ガソリンを使うのに抵抗はあったが、起きた直後で元気が出ない。

小学校には自衛隊車両が来ていた。
飲料水・生活用水と、二つの列ができている。
(おそらく)中学生が誘導などのボランティアをしていた。
叔父と二人で飲料水の列に並ぶ。
並んでしばらく待っていると・・・
「水が無くなりました。次の水が来るまでは1時間半くらいかかります」
まだ結構並んでいる人が多いが、もう水はなくなってしまった。
自分はまだ朝食も食べていないしトイレも済ませていなかったため、
叔父を列に残して、自分は一度家に戻ることにした。
歩いて戻る中、団地内の水路で水を汲んでいる人がいた。
「この水、トイレを流すのに使えるんですよ。」
「あぁ、そうですね。使えそうですね。」山の自然の湧水らしい。

家に戻った。今日は暖かい。風呂場で全身を拭く事にした。
今まではウェットティッシュで各所を軽く拭くくらいだったが、
さすがに4日目ともなると不衛生になってくる。
使用する水を最小限に抑え、頭も何とかした洗う。
使った水はとっておいてトイレを流すのに使う。
・・・生き返った。

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3月13日 地震後3日目

3/13

6時半頃。
目が覚めた。
寒い。ストーブに当たる。

給水の案内車が団地内を回っていた。
給水車が来ている団地の小学校まで行ってみる。
人がそれなりに並んでいた。
だが、容器がなければ駄目みたいだ。
今日の給水はやめておこう。
家には水のストックがまだある。
必要な人に水が回るようにしなければ。

朝食はたこ焼きとパン。
お腹が少し緩くなっている。寝るときに注意しなければ。
今日からは腹巻を巻いて寝よう。

新聞を見ると志津川の写真が載っていたが、見慣れた景色はなくなっていた。
荒島だけが志津川と判別できる唯一の目印だ。

また流しに食器が無造作に積まれていた。
そしてコロッケの残りが捨てられていた・・・まだ食べられるのに。
なかなか今までの習慣が抜けていない。

キッチンペーパーやアルミホイルを食器の上に置いて洗い物を出さないようにする。
家の中を見回すと、花瓶の中に水が入っていた。加湿器にも入っている。
トイレを流す水とかに使えそうだ。
とにかく、水は重要だ。


携帯電話は圏外が多いので電源は基本的に切っている。
停電時用の手回し充電機を、暇なときに回して充電をする。

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3月12日 地震翌日

3月12日

我が家にある石油が気になる。
地震で物置の中が滅茶苦茶になってたので、
ひょっとしたら石油缶が倒れていたかもしれない。
そうなると火事の心配が出てくる。
倒れていなければ、燃料として持ってきたい。

5時半頃。
長兄は寝ている。
母と叔父とで我が家に行って色々と物を持って来ることにした。
外は晴れている。
爽やかな朝だ・・・こんな時じゃなければ。

・・・高台から見た仙台~名取。
何てことだ。海になっている!
海岸線が明らかに変わってしまっている。
あり得ない場所に水がある。
そして、煙が2か所から上がっている。

なんとなく虫が多い。
暖かいからか?まさか津波のせい?

我が家に戻ると、石油は無事だった。
積めるものを車に積み込む。

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家を確かめる。
多少ヒビが入っているが、家自体は無事だ。

物もあまり落ちてはいない。
不思議だ。これ以上ないくらい揺れたのに。
たぶん、長周期の揺れだったからだろう。
船が大波で揺られるようなものなのだろう。

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3月11日~12日 地震当夜

3月11日

6時過ぎ。祖母宅に到着する。
家に入ると懐中電灯やカンテラが灯っていて、
石油ストーブが焚かれていた。

まずは食事だ…。
家から持ってきたインスタントラーメンを食べる。
水は普通に出ている。

・・・ラジオからは想像を絶する情報が次々と流れてくる。
M7.9からM8.4に訂正。
津波の被害は酷い。
あり得ない状態だ。

去年あたりに見た地元TVニュース番組の内容を思い出していた。
「1000年前に、内陸4Kmのこの位置まで津波が来ていたんですよ。
 だから、今後ここまで津波が来ることを想定して対策が必要になる」
まさか、現実にはそこまでは来ないよなぁ…。それが感想だった。
だが、今回の津波はそれすら超えている。あり得ない。

叔父が様子を見に外へと出ていく。

メールが着た。東京の仲間たちだ。皆無事みたいだ。

少し経って、叔父が戻ってきた。
「まだ燃えているな。」
「えっ、燃えてるってどこが?」
2階に登って海の方を見てみる。
左が燃え、右が燃え。
・・・あれは仙台港の方、そして名取中心部の方?
あれ以上燃え広がらなければいいが・・・。

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3月11日 東北大地震当日

SORCERIAN Data Room、Ys MUSIC FILESの管理人は、宮城県仙台市在住です。
今回の東北関東大震災で被災を受けましたが、その程度は比較的軽微でした。
私は翌日から被災日記を付けており、今日ネットが復旧しましたので、
地震当日からの様子を書き込んでいきたいと思います。
なお、この日記には時々家族と口論する場面が出てきますが、
基本的には関係は良好ですので、文面で受ける印象よりは深刻なものではないと思います。



3月11日

この日は2時10分頃自宅へ帰ってきた。
玄関には、Amazonで注文したロードモナークの本が届いていた。
少し落ち着いてコタツに入って寝転び、届いた本を読んでいると・・・

「カタカタカタ・・・」
ん?地震・・・か?

「カタカタカタガタガタガタ・・・」
これは・・・大きい・・・ぞ。

揺れ方に嫌な予感を感じとり、コタツから急いで出て台所に走る。
ガラス戸を開ける。
激しい地震で家が傾いても脱出口が塞がれないようにするためだ。

「グラグラグラグラ、グアン、グアン、グアン、グアン・・・」
でかい!!!!
強く、大きく揺れる。

去年買ったばかりのTVが落ちる。

トースターが飛ぶ。

・・・長い。強い揺れが収まらない。

「ガシャッ、ガシャンッ、ガシャンッ・・・」
家の瓦が次々と落ちる。

・・・ようやく揺れが収まって・・・こない!!
また強い揺れ。

このままでは家が潰れるか?
脱出するか?いや、それは危険だ。

まだ強い揺れが続く。
いつまで揺れるんだよ!!!
天に向かって思わず叫ぶ。

・・・一生続くのではないかと思った揺れも、ようやく小康状態に入ってきた・・・。
強い揺れは時間にして3分超。

P1013857ct

庭に出て様子を見ると、屋根の瓦が散乱している。
・・・隣の家はどうなってる?

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